大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)237号 判決 1984年9月10日

名古屋市南区七条町一丁目二番地

上告人

株式会社三幸工業所

右代表者代表取締役

植松義一

同所同番地

上告人

三幸興業株式会社

右代表者代表取締役

植松義一

愛知県東海市荒尾町洞ヶ山七四番地

上告人

植松義一

右三名訴訟代理人弁護士

山本朔夫

被上告人

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

亀谷和男

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五三年(ネ)第六八四号損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和五四年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山本朔夫の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。

論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)

(昭和五四年(ネオ)第一三三号 上告人 株式会社三幸工業所外二名)

上告代理人 山本朔夫の上告理由

第一、原判決には次のとおり理由に不備又は欠缺がある。

一、上告人らは原審において、本件強制調査に際しての許可状請求行為は、国税犯則取締法二条一、二項に違反する行為であるとの理由で左の二点を主張した。即ち、

(一)第一点は、刑訴法一〇二条二項は憲法三五条の趣旨を受けて、被告人以外の第三者に対する押収捜索の要件を特に「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限る」と規定し、第三者の名誉、信用、財産等を害することがないよう厳格な手続を要求しているが、国税犯則取締法における強制調査も国家権力による強制力の行使であること、これについて裁判官の許可状を要するとしていること等からして当然右憲法及び刑訴法の理念がそのまま類推されなければならないとの主張である。

(二) 第二点は右主張を前提にして、本件強制調査においては、第三者である上告人らに対し強制調査をしなければならなかつた必要性とその要件事実、即ち「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がある場合」との刑訴法一〇二条二項の要件が明らかに認められなかつたのに故意又は過失(所謂見込調査)によりこれがあるとして許可状を請求した行為は違法であるとの主張である。

二、これに対し原判決はその理由において右主張の前提となる第一点に論及することなく、具体的事実として、上告人会社らが所有・管理する五〇一号タンクに、本件嫌疑者らにより混和増量(密造)された揮発油が荷揚され、更に一般に移出販売されていたとの点を指摘したうえ、これらの事実からして被上告人職員が本件嫌疑事実を立証するため同タンクを所有・管理する上告人会社らが嫌疑事実に関連する重要な資料を所持もしくは管理しているものと考えたことはもつともなことである。よつてこれら資料の収集のため予め捜索差押の必要があるとして本件令状請求に及んだことは何ら違法ではないと結論したうえ、憲法三五条、刑訴法一〇二条二項の類推適用は論及するまでもなく失当であるとしている。

三、右原審の判断理由は、上告人らが主張している本件強制調査を必要とした理由とその要件事実(単なる資料収集の必要性ではない)が存在しなかつたとの点に対する理由としては当を得ないものである。即ち、原審は嫌疑事実を立証するための証拠資料収集の必要性を説示しただけのものであり、更にそれ以上第三者である上告人らに対する強制調査の必要性と、これを実施するための要件事実の存否については何ら説示していない。

そもそも捜索差押は嫌疑者以外の者に対しても調査(捜査)の必要上これをなし得るものと解釈するが、この場合第三者が所有者又は保管者として当然に保有する利益(名誉・信用・財産等に関し)は、嫌疑者のそれよりも重く保護されなければならないことは当然である。しかも第三者が捜索差押を受けることによつて、調査の必要性と第三者の右のような利益と衝突することも免れ難いのであるから、それらの利益を具さに較量し、第三者に対し捜索差押をすることにつきその必要性と要件が充分認められなければならないものと解す。この故に人権の保障を目的として憲法三五条、刑訴法一〇二条二項が規定されたものであり、その趣旨は無条件に国税犯則取締法二条一・二項にも類推されなければならず、従つて右利益の比較較量に際しては当然かかる立場から判断されなければならないものと思料する。

しかるに原判決は上告人らの右の如き主張に対し、単に証拠資料収集の必要性を説示したのみで、第三者の有する利益を犠牲にしてまで本件強制調査をしなければならなかつたとする必要性と要件(刑訴法一〇二条二項)については何ら説示しないのみか、憲法三五条、刑訴法一〇二条二項の類推適用を論及するまでもなく失当としてし排斥しているのは明らかに理由の不備又は欠缺である

第二、原判決には次のとおり判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある。

一、原判決は、国税犯則取締法二条一・二項に基く強制調査をするについて、特に第三者に対する場合は、嫌疑者らの供述が疑いを挾む余地のない程度に裏付調査をする必要はなく、嫌疑者らの供述が一見して間違つていることが明らかであるなどの事情がない限り強制調査をしてもよいと説示している。しかしながらこの解釈は明らかに同法条の趣旨に反するものである。そもそも嫌疑者と第三者は当然その立場を異にするものであり、従つて既述の如く法によつて保護されるべき利益も強制調査の必要性と比較される場合に第三者は嫌疑者のそれよりも重いこと当然である。この故に強制調査の必要性を判断するに際しては、嫌疑者らの供述のみでは足りず、少くとも客観的な裏付証拠(物的証拠等)により第三者に強制調査をしなければならないとする必要性につき高度な推測ができる場合でなければならないものと考える。このことは人権の保障を基本理念の一つとしている憲法の下における法解釈の基本的立場から当然のことである。

従つてこれと異なる解釈をして控訴を棄却した原判決は明らかに法令違背であり、その結果は判決に影響を及ぼすものである。

二、原判決は、国税犯則取締法二条の一項、四項に基く許可状記載の執行場所と具体的執行場所が異なつたからといつて直ちに右令状の執行が違法となるものではないとしているが、この解釈は誤りである。

即ち同法条は人権保障の見地から具体的執行に際し、執行者の恣意的、便宜的な解釈を許さないために執行場所の特定を許可状に明記することを要求し、それ以外の場所では執行できないとするもので、この解釈は厳格でなければならないものと思料する。

しかるに本件では許可状記載の場所と具体的執行場所は行政区画上明らかに異なつて居り(許可状には七条町一丁目二番地が記載されながら具体的には六条町四丁目一一六番の三で執行された)しかもこの両方は公道を挾んで離れて居り、執行者はこの両者の町名地番が相違していることも承知していた。このような事情のもとで、単に執行者の便宜的立場から具体的執行を許可状記載の場所と異なる場所で執行しても違法ではないとすることは、具体的執行に当たりあまりにも執行者の恣意的解釈を許し、執行を受ける者の利益を犠牲にするばかりか、同法条の立法趣旨を没却するものと言わなければならない。

従つてこれと異なる解釈をして控訴を棄却した原判決は明らかに法令違背であり、その結果は判決に影響を及ぼすものである。

以上の各理由により原判決の破棄を求める。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例